若下博章 リバーサイド・パートナーズ代表
平嶋祐也 ガーディアン・アドバイザーズM&Aアドバイザリーグループオフィサー
案件概要
米国系ファンドのリバーサイドカンパニーが、2013年に買収したワイ・インターナショナル(1898年創業)の売却検討に入ったのが2020年暮れのこと。このとき、売却に関する助言をするファイナンシャル・アドバイザー(FA)として、ガーディアン・アドバイザーズが任用されました。2021年9月中の売却完了の意向を受けて、100社を超える買い手候補先に打診したうえで、条件面からの選別、デューデリジェンスの実施、最終交渉などの売却プロセスを進行。同年9月21日に、大和証券グループの投資子会社・大和PIパートナーズに売却が実行されました。
リバーサイド・パートナーズ
リバーサイドカンパニーの日本におけるアドバイザー会社。リバーサイドカンパニーは1988年の創業以来、800件以上の投資実績を持つ、中小中堅企業に特化した世界最大級の米国系プライベート・エクイティファームである。
ワイ・インターナショナル
1898年創業、全国32店舗を運営する国内最大級のスポーツ自転車専門の小売会社。スポーツ自転車やパーツ、アクセサリー、ウェアなどの幅広い商品ラインアップをそろえ、実店舗とオンラインショップを通じて全国に販売網を展開。
2021年9月、米国系ファンドのリバーサイド・カンパニーが、日本最大級のスポーツ自転車専門チェーン「ワイズロード」を展開するワイ・インターナショナルを売却した。このコロナ禍に売却を決断した理由はなんだったのか、そしてどのような結果になったのか――。リバーサイド・カンパニーの東京オフィス代表・若下博章氏と、当社の平嶋祐也が、一連の売却プロセスを振り返りました。
――まずは昨秋のタイミングで、ワイ・インターナショナル(ワイ社)を売却した理由を教えて下さい。
若下氏(以下、若下) ファンドとして売却のタイミングは、主に目標をどれだけ達成できたかによるのですが、もともと立てた戦略的目標がある程度達成されて業績にも反映されたので、このタイミングがいいかなと考えました。
――コロナ禍による人々の生活の変化は、自転車業界にとって追い風だったそうですね。
若下 もともとワイ社はリアル店舗販売の売り上げが圧倒的に大きかったのですが、以前からEコマース(電子商取引)を含むオンライン事業を伸ばそうと、いろいろと仕込んできていたんです。それがコロナによって後押しされて、需要が掘り起こされました。2011年の東日本大震災のときもそうでしたが、公共の交通機関に代わって、意外にスピーディで移動の効率がいい自転車の良さが見直され、「ずっとほしかったところへ、コロナ禍がきっかけになった」という人が多かったんです。
――これまで準備してきたことが、図らずもコロナ禍で花開いたんですね。
若下 その通りですね。
わかした・ひろあき 2001年に米系コンサル会社アクセンチュアに入社、その後、国内の独立系投資会社を経て、2006年にリバーサイド・カンパニーのアジア第1号社員として参加、2017年から現職。
――今回、売却の助言をガーディアン・アドバイザーズ(GA社)に依頼するきっかけは何だったのでしょうか?
若下 企業の売買では、こちら側に「ほしがっているのはこういう人だろう」というアイデアはあっても、実際に相手もそう考えているかどうかはわからないし、相手の戦略や予算的に合うかどうかもありますから、自分たちで売却先を見つけるのは当然限界があります。仮に見つけられても、それが本当にワイ社にとって、いちばんいい選択かどうかはわかりません。その意味で、GA社のように幅広く情報を持っていて、買い手候補先へのアクセスがあるところにお願いするのは非常に有効だと思います。
―― M&Aアドバイザリー会社には何社声をかけたのですか?
若下 最終的には5社です。
――GA社を選んだ決め手は何だったのでしょう?
若下 平嶋さんとは以前からお付き合いがあったのと、リバーサイドは米国系ファンドなので、実地で英語でのコミュニケーションができるかどうか、さらに買い手候補にワイ社の強みをどれだけうまく説明できるかというところに加え、大きな決め手になったのはGA社がITに非常に強いという点でした。
――GA社のM&Aのスタッフは、ITに詳しいのですか?
平嶋 弊社では、M&Aのアドバイザリーを担う私のチームとは別に、ITのチームが事業としてIT専門のアドバイザリーを手掛けているんです。たとえば、企業からDX推進についてのご相談も受けるなどしていて、いわば「2本立て」で事業を展開しています。今回の案件でも、ワイ社のEコマースについて「もっとこういう形でセールスしたらいいんじゃないか」といったインプットを、ITチームからもらいながら進める場面もあったので、そうした部分を評価していただけたのかなと思います。
ひらしま・ゆうや 新生銀行法人営業部門からキャリアをスタートし、2010年からバークレイズ証券、リンカーン・インターナショナルでM&Aアドバイザリー業務に従事。2015年からシンガポールに拠点を移し、KPMG Corporate Finance(シンガポール)のローカル採用プロフェッショナルに。2020年からガーディアン・アドバイザーズに参画。
若下 我々としては、M&Aに関する知見はもちろんのこと、特にITの理解が重要だと考えていました。というのも、ワイ社の成長を見たときに、Eコマースの部門の成長率が非常に高かったんです。単に売り込むというだけではなくて、買い手候補にいかにこの点を正しく説明するか、魅力をアピールするかについてアドバイスをいただけることが、とりわけ大事だと思っていました。
――実際にその5社を比べてみて、どうでしたか?
若下 ワイ社の経営者にも各社と面談していただいたのですが、「(GA社は)ぜんぜん違うね」「非常に詳しいし、こっちの言いたいことを的確に捉えてくれる」という評価でした。単純に「ITに強い人が社内にいる」というレベルではなく、IT関連のアドバイスを本当に事業としてやっていて、非常に詳しいんだなあ、というのがよくわかりました。
平嶋 ありがとうございます。M&AとIT双方のアドバイザリーを組み合わせて提供している会社というのは、そんなにないと思っています。金融とITの両方を熟知している人は、なかなかいませんから。今回は、まさにその強みが生きました。
Eコマースの数字を伸ばすためには、たとえば、ネット上で広告をどんどん打っていくのがひとつのやり方だと思いますが、それをいかに効率的にやるかは重要な課題です。我々は今回、まずその数字を伸ばすための目標を設定し、そこから逆算してPDCAサイクル(計画→実行→評価→改善のサイクル)を回しながら売り上げを伸ばしていく具体的な手順を、買い手候補の方々にご説明しました。弊社のITの強みがあったから、そこをよりクリアに打ち出せたと思います。
――ITの専門チームは、どんなチームなんですか?
平嶋 弊社では「IT前提経営®️」と呼んでいるのですが、適切なITを経営に導入するいわゆる“経営のDX化”を進めるチームで、責任者はもともと金融機関出身でM&Aも手掛けていた経験があり、その後、AI(人工知能)開発会社を起業した、まさに金融とITの双方に精通した人物です。
もう1人のキーパーソンは、この「IT前提経営®️」の提唱者で、自身でもシステム開発とクラウドサービスの会社を学生起業して20年以上経営した経験があり、立教大学大学院ビジネスデザイン研究科の准教授も務める人物で、ITをかみ砕いて“文系”向けのやさしい説明ができるのが強みですね。
若下 まさにそこが重要だと思います。たとえば、買い手候補の会社にワイ社の事業について理解してもらうため、ワイ社のITへの取り組みについて経営陣から説明する機会があったんですが、その時にそのIT担当の方に同席していただいて、専門家の観点からサポートしてもらいました。さらに「こういうふうに見方を変えて候補者さんに話をするといいんじゃないか?」といったアイデアを提供していただくこともあって、それらから得た新たな気づきは多かったですね。
――聞いていると、“翻訳者”のような役回りですね。
若下 はい、買い手候補がITを完全にわかっているような業態だったらいいんですが、必ずしもそうではありません。こちらが専門用語ばかり並べても、売り手側の魅力がイマイチ伝わらないようなケースもあります。今回は、ITに関わる部分での「成長力」を含めた魅力をわかりやすく、正しくかみ砕いてくれて、そのうえできちんとご提案いただきました。
――率直に言って、“高く売れた”のでしょうか。
若下 最終的に当初、こちらが想定した以上の価格で売却することができました。M&Aは「売り上げがこれだけで利益がこれだけ」という単純な数字の世界じゃないと思っています。売却する会社や従業員の幸せにつながるか、といった視点もありますし、買い手企業にとっては当然、その事業を買うことが経営課題の解決にどうつながるか、という視点もあると思います。
そのなかで、「その課題にワイ社がこう当てはまるんですよ」という説明ができるかできないかでは、ぜんぜん違う。売り手側にとっては、その説明がそのまま価値向上につながり、売却価格にも反映されてきます。GA社からのプラスアルファの提案があったからこそ、この価格になったと思います。
平嶋 「ワイズロード」は、ただの自転車屋さんではありません。もともと扱っている商品はロードバイクや高級自転車専門で、そこに国内の自転車の小売りでは珍しく、Eコマースの相乗効果で成長していく会社です。そういう説明をきちんとさせていただいたことで、買い手候補の皆さまも「なるほど」と思っていただけたようです。
ふつうの自転車の小売りだとこれくらいの価格イメージだけど、ECを含めた成長戦略がしっかりとあるならば上乗せしなきゃいけないですね、というふうに検討していただいたのが、今回の結果につながったのかなと思います。
――仕事のスピード感はどうでしたか?
若下 最初にスケジュールで提示していただいたスピード感は、そのまま順守してきちんと進行していただきましたね。必ずしも前倒しがいいわけではなく、限られた時間のなかで満足できる売却先が出てくるかが重要なので。うまくハンドリングしてもらった、という感じです。
それに加えて、M&Aの助言役において重要なのは、ちゃんと売り手の我々のほうに目を向けてくれているか、というところだったりするんですよね。コンペも含めて、ミーティングはリアルとリモート両方で行いましたが、GA社はちょっとしたやり取りからも、我々の案件にすごく集中してくれているのを感じ取ることができました。
平嶋 我々には、速やかに進める、いい買い手を見つけるという2つの使命があって、そのためにはいろんなやり方がありますが、実際、やれることは全部やりました。その結果として、我々が取捨選択したというよりも、各社がそれぞれ判断していって、買い手候補が自然と絞られていきました。もちろん相手先によって「(売却価格が)高過ぎる」という声もありましたが、それに合わせるのではなく、「十分に正当な条件だと思っているので」としっかりお伝えして、そこで「わかりました」と言っていただいた買い手候補に最後まで残っていただけました。
若下 もっとも、M&A業界は入金を確認するまでは何も安心できないので(笑)。最後の最後でなにか課題が出てきたときに、戦わずにとりあえずまとめようとするM&Aコンサルもよくあるんですが、GA社は最後までちゃんと売り手の利益を優先して、「いやいや、これはまだこういうことができるから」というような形でいろいろと動いていただきました。
今回のプロセスでは全般的に、こちらがほしい情報を定量的にも定性的にも積極的に出していただいたと思います。相手先企業のことは書面だけでは読み取れない部分もあるので、売り手としてはものすごくありがたいですね。
平嶋 交渉には忍耐力も必要だし、あまり楽しいプロセスではないこともありますが(笑)、非常に大きな金額をともなうことなので、やはり売り手さん、買い手さん双方に事情があります。買い手側の主張にも理解できる部分がある一方で、我々はあくまでも売り手さんのアドバイザーですから、その利益を優先するために買い手側とどんな交渉ができるかといったことを、少しクリエイティブにお話させていただくこともありました。
――最後に、一言ずつお願いします。
平嶋 リバーサイド社にとって重要かつ簡単なプロセスではない案件をウチにお任せいただいたのは、本当に感謝しかありません。こうした機会をいただけて、私自身も会社も大きく成長した部分があると思っています。
若下 途中で難しい局面もありながら、すごくうまくやり切ってくれました。妥協せず、できることはすべてやったという形で、いま振り返っても、きれいに終わったなと感じています。ああすればよかった、こうすればよかったという気持ちが残らない、後悔のない案件だったといえます。
※対談は「WeWork リンクスクエア新宿」で行われました
取材・構成/西川修一
写真/伊ケ崎忍
編集/POWER NEWS