山田純平 ポラリス・キャピタル・グループ パートナー、投資グループ共同管掌
高柳寛樹 ガーディアン・アドバイザーズ IT前提経営®️アーキテクト、立教大学大学院ビジネスデザイン研究科准教授
ポラリス・キャピタル・グループ
2004年設立の、企業の事業再編・再構築を支援するプライベートエクイティ(未公開株)ファンド運営会社。直近では1500億円のファンドを組成して運用する、国内最大級の独立系投資ファンドです。主に大会社のカーブアウトや、オーナー企業の事業承継、上場企業の非公開化による事業再編などの支援を行っています。カーブアウト案件では、東芝、富士通、日立、パナソニックなどから事業を譲り受けてきました。
近年、企業の事業の一部を切り離して譲渡するカーブアウト型のM&Aが注目されています。それまで母体企業と一体で機能してきた事業を新会社として独立させる際、さまざまな“スタンドアロン(独立運営)問題”が生じることになりますが、そこでますます重要になっているのが、円滑な社内ITシステムの構築です。今回は、独立系投資ファンドのポラリス・キャピタル・グループのパートナーである山田純平氏と、当社のIT前提経営®️アーキテクトである高柳寛樹が、その重要ポイントを語り合いました。
――これまでポラリス・キャピタル・グループが手掛けてきたカーブアウト型M&Aで、ガーディアン・アドバイザーズはどのように関わってきたんですか?
山田氏(以下、山田) 大企業の事業部門のカーブアウトをご支援する際、だいたい2~3年かけて、母体企業からの支援を受けながら、切り出された事業部門の独立に向けた体制を整えていくというプロセスがあるんですが、その一環として自立した社内ITシステムの構築があります。それまで母体企業の大きなITの枠組みのなかで動いてきたものをスタンドアロン化するわけですから、とても大きなシステム投資になります。
ガーディアンさんとは、もともとM&A関連でお付き合いがありましたが、IT関連のサポートもされているというユニークな事業内容だということが頭にありました。それで、2018年の富士通様のカーブアウト案件からお手伝いをお願いするようになりました。続いて、パナソニック様の案件もご支援いただいています。
高柳 そうですね。一事業部といっても、大企業から独立するので、数百億円から数千億円という売上規模の事業になります。その規模の事業を支えるITシステムをゼロから短期間で立ち上げないといけないので、スタンドアロン化は非常に重要で難しいプロセスとなります。
山田 ガーディアンさんにご支援をお願いするのは、切り出された事業部門のITセクションが“ぜい弱”だからです。そうした人材は企業本体にそろっていて、切り出された先では、どうITベンダー(IT製品・サービスの販売会社)をセレクションしていいかもわからないし、どんなシステムを構築していくのかというグランドデザインをなかなか描き切ることができません。そこである意味、会社のITセクションの代わりとなって、セレクションからマネジメント、プロジェクト管理など一連の流れを請け負っていただきました。
――具体的には、どのような作業になるんでしょうか。
山田 投資をして最初の3カ月間くらいのことを「100日プラン」と呼んでいるのですが、その期間に対象会社の経営幹部らと中期経営計画を作り直します。そこで方向性や戦略、具体的なアクションプランが決まるので、そこから、どういう組織にするか、人事体制にするか、そしてITシステムをどうするか、といった議論になってきます。その段階で、人材は人事コンサルとしてどの会社を呼ぶかとか、ITであれば、まさにガーディアンさんにお願いをしてスタートしていく、ということになります。
一方で、システムを構築するまでは母体企業のシステムを使わせてもらうことになりますが、新しいシステムに移行する期間の長さは、買収した私たちと母体企業との交渉次第で決まります。この交渉結果は企業によってまちまちですが、だいたい2年から3年程度が目安になります。
高柳 この母体企業と交わす「移行期間中の契約」のことをTSA(Transition Service Agreement=移行期間中におけるサービスの提供)といいます。買収プロセスにおけるTSA交渉で、ITのことはあまりクローズアップされてきませんでしたが、非常に重要なポイントです。というのも、決められたデッドエンドまでにシステムの構築が間に合わなければ、最悪、事業自体が止まってしまう可能性があるからです。そのため、最初に期間を決める交渉が重要性を帯びてきます。
――このTSA期間中にガーディアンが入って、システム構築の支援をするわけですね。
高柳 まず、ご相談いただいたタイミングで、切り出された会社のITセクションの能力を把握します。責任者がいるかいないか、あるいはチームのメンバーの経験値といったことを確認するのですが、これがすごく重要です。TSA期間中に自立したシステムを立ち上げるためには、それだけの能力があるチームをつくっていかなくてはなりません。場合によっては、CIOを新しく雇うので、その人の評価や面談をすることもあります。
チームができたら、そことディスカッションをしながら、最適なITコンサルとITベンダーを選定していきます。短期間に大掛かりなシステムを立ち上げられるかどうか、その提案内容の精査や、その費用が適切かどうかなどを見ていきます。見積もりが安ければいいわけではなく、短期間でやり切れる能力と、それに適切な費用かどうか見極めて、最適な会社を決めます。
そして最終的に、TSA期間中に無事にシステムがリリースできるように、プロジェクトを管理することが仕事になります。実際にシステムを作っていくと想定外のことが起こりますが、そうしたさまざまな問題に対処しながら、元々のグランドデザインからブレずに最短距離で行く方法を管理していくことになります。
――スタンドアロン化では「Fit to Standard」(新たに開発せずに標準機能から必要なものを組み合わせて効率よく導入する手法)の考え方が重要だということですが。
高柳 「Fit to Standard」は私たちがITのグランドデザインを描くときに、大切にしている考え方です。TSA期間のデッドエンドがあるなかで理想的なシステムを構築するためには、すべてをゼロから開発するわけにはいきません。その点、最近ではクラウドサービスが熟してきていてゼロから開発しなくてもよくなっているので、そのパッケージを最大限に活用する。要するに「開発しないで、あるものを使おう」「業務をシステムに合わせよう」という考え方を、対象会社のCIOの方に徹底していただくんですね。それによって、超短期間で安定的なシステムをリリースすることができます。
山田 この「Fit to Standard」のコンセプトがすごくいいのは、悪いしがらみからの脱却にもつながる点です。大企業には必ず、〇〇ウェイといった独自のやり方があります。ところが、彼らのなかで積み上げてきた膨大なノウハウは、第三者から見ると「なんてムダなことをやっているんですか」というものがすごくあって……。
高柳 そうですね。「Fit to Standard」は、まさに悪いしがらみから脱却することで業務効率化につなげる一つの方法です。
たとえば製造業の会社はたいてい、うちの業務プロセスは独自なものなので、と言いますが、じつは製造業用のソフトウェアをつくっている会社は世界中にクライアントを抱えていて、当然、製造工程のシステムのノウハウは、事業会社よりもソフトウェアの会社のほうに集まっているんです。だから、彼らがつくるものを利用したほうが効率的ですし、予算管理の上でもはるかに安く済みます。
山田 ところが、最初に社内からシステムに必要な要件を出してもらうと、ものすごい量の要望が出てくるんですよ。それだけ、ふだんの業務でムダなプロセスを踏んでいるということだと思います。それをスタンダードのシステムに正すだけで、大きなオペレーションの効率化につながります。
高柳 おっしゃる通りです。会社の要望をすべてかなえようとすると、とてもTSA期間に間に合いませんし、大企業のお化けみたいなシステムをもう1つ、まるまる作らなくてはならないことになります。面白いもので、これまでの経験上、「Fit to Standard」の考え方でシステム構築しても、2~3カ月もすると業務をしている現場の皆さまはそれに慣れて、だれも使い方に対する反対意見を言わなくなります。
――企業のDX(デジタル・トランスフォーメーション)化が必要不可欠になっている時代に、カーブアウトにおいてもシステムのスタンドアロン化の重要性は増していくんじゃないでしょうか。
山田 この5年ほどで大企業のカーブアウトが盛んに行われるようになりました。これまで子会社から売却してきて、いよいよ本体の事業の選択と集中をしていかないといけないということで重要度が増してますし、いままで検討してこなかった大企業もカーブアウトの検討を始めている状況になっています。
そうしたなかで、デジタルを使いながらビジネスモデルの変革をしていく方向に舵を切らないといけない対象事業・企業が、たくさん出てくると思います。そうなると、その会社のITの知見やノウハウも含めて底上げしなきゃいけないので、より幅広いアドバイスをいただくようなケースが増えるんじゃないかと思っています。
高柳 あと重要なのが、カーブアウトということ自体が、短期間でDX化を実現する絶好の機会だということです。社歴が長い会社が、企業文化やイズムを変えるのはなかなか難しいですが、カーブアウトはこれまでのしがらみを捨てて、おもいっきりDXを進めるタイミングとして絶好です。そういった意味でも、今後、ますます、円滑なシステムのスタンドアロン化を行う重要性が増していくと思います。
――実際、ポラリスの組織内でもDXの専門部署をつくったとか。
山田 自前というほどではないですが、投資先の企業価値を上げるためのお手伝いをするDX専門チームをつくっていて、2週間に1回、投資先企業のDXの進捗状況をチェックして、ベストプラクティスは横展開するといった取り組みもしています。もちろん、われわれではできない部分もあるので、ガーディアンさんにお願いすることもありますね。
――さきほど話題に上がったTSA期間の交渉でも、システムに関する条項が今後のキーポイントになりそうですね。
山田 そこは、今後、すごくクローズアップされていくんじゃないかと思います。TSAの交渉では、総務機能や購買機能、人事や年金、健康保険などさまざまなテーマがあるんですが、ITに関してはフォーカスを当てきれていなかったので、ガーディアンさんにその段階から見てもらって、ということもあるかと思います。そこは一貫してやってもらったほうがいいかな、という感じがしています。
高柳 実際、ポラリス様関連の案件ではありませんが、デューデリジェンスからご支援をさせていただくこともやっています。よくある話なんですが、そうしたケースでは売る側が「このシステムは10億円です」と言ってきても、私たちから見ると月1人1500円のシステムで代用可能だったりします。そうした知見から助言することもできます。
※対談は「WeWork 丸の内北口」で行われました。
取材・構成/前多勇太
写真/横関一浩
編集/POWER NEWS