栗栖 秀行 グリーンハウス 執行役員 グループ開発本部副本部長
平嶋 祐也 ガーディアン・アドバイザーズ M&Aアドバイザリーグループオフィサー
案件概要
多くの多国籍企業がアジアにおける事業展開の拠点としているシンガポールで、2009年8月の創業以来、グローバル企業を含む多くの顧客にCFS事業を展開してきたThe Wok People Pte.Ltd(以下、TWP社)の全株式を、2019年12月にグリーンハウスが取得した。グリーンハウスグループは、 CFS事業において中国、ベトナムで1日5万食以上を提供、レストラン事業と合わせ、15カ国・地域で210店舗を展開している(フランチャイズを含む:2022年3月末現在)。
グリーンハウスグループ
1947年創業。「食と健康を中心とした総合ホスピタリティ企業」を企業理念に掲げ、官公庁・オフィス・工場・病院・シルバー施設・学校等諸施設における食堂受託運営などの給食事業、弁当デリバリー事業などのほか、国内外でレストラン事業を展開している。
企業や病院などへのコントラクトフードサービス(CFS)事業大手のグリーンハウスが、シンガポール国内の社員食堂等の受託運営でトップシェアを争う「The Wok People」を買収しました。積極的な海外展開をしてきた同社ですが、クロスボーダーM&Aは本件が初。売り手と買い手の相性「ケミストリー」を確認するためには、文化の違いを前提に価値観を翻訳する必要がありました。果たしてどのように実現したのでしょうか。
――シンガポールの会社の買収を検討した背景、目的はなんですか?
栗栖氏(以下、栗栖) グリーンハウスは、日本のCFS企業としては、積極的に海外展開をしてきました。1991年に韓国のLG流通(現在のOURHOME)とCFSの技術提携を結んだことをきっかけに、2001年に「とんかつ新宿さぼてん」1号店を出店して以降アジア地域を中心に海外進出を行っています。 CFSはその後、2010年代に入ってから中国に独資会社を設立し、現在はベトナムでも事業展開しています。順調ではありましたが、本格的なグローバル展開を考えたとき、私たちが求める水準からするとまだ足りないという認識がありました。そして、二つの課題が浮かんだのです。
一つは、海外展開をする場合、本部からのサポートやコントロールだけでは非効率な点があり、そこをより強化したいということ。もう一つは、国内と海外の連携と融合のためには、「海外での当たり前」を 「日本でも当たり前」と感じられる情報・認識・価値観の共有や、それらを認め合う風土が必要だということです。これらの課題を克服し、従来の殻を破るには、アジアにヘッドクオーター機能を置くことが有効では、との結論に至りました。
――これまでの海外展開の中で、M&Aという手法は検討されてこなかったのでしょうか。
栗栖 国内案件で過去に十数件のM&Aをやってきましたが、海外のハードルは高いと認識していました。というのも、財務会計の信頼性や海外からの出資規制といった問題も踏まえると、M&Aが適している地域とそうでない地域があるからです。但し、情報収集・検討を行い、シンガポールなら、そういった点がクリアできると考えました。
平嶋 一般論も交えますが、特にアジアへの進出や事業展開を望まれている企業からすると、東南アジア諸国へのアクセスの便がよく、ビジネスに関する規制がクリアなシンガポールは最初の足掛かりとなる拠点づくりに非常に適した国です。他の東南アジア諸国に比べるとM&Aも取り組みやすい環境であるため、アジアというテーマをお持ちのグリーンハウス様のような会社に対しては、戦略に合致する前提のもとシンガポール案件の検討をお勧めできます。
――シンガポールでのM&Aにあたって、対象企業の必要要件は。
栗栖 要件は3点ありました。1点目は、場所。アジアの情報ハブであるシンガポールは、今後の周辺国への展開も展望した場合に必要となる拠点です。2点目は、事業内容。実際に「フードサービスを受託している企業」であることです。単にオフィスの設置だけでは得られる情報に限界があるからです。3点目は、価値観・目指す方向などを我々と共有できる人たちが働く会社かどうか。この点は、国内・海外の案件に関わらず最も重視しています。TWP社は、シンガポール国内のCFS業界でナンバーワンの企業であり、私たちの期待を超える会社と認識しましたので、前向きにM&Aに臨みました。
一番最初のマネジメント面談で、上司とともに現地に飛びました。そして、特に3点目について見極めるべく、突っ込んだ質問もしました。数字や今後の事業計画、営業基盤といった外的な話は当然ですが、事業や従業員、食と健康に対する考え方や、売主であるオーナーが当該企業をどのように大事にしているかといった点を詳細に聞きました。「TWP社は少し前のグリーンハウスに似ている」というのが、私を含め当社メンバー共通の感想でした。
平嶋 売主の社長さんが現場に入ると、調理場で鍋を振っていた方が「おお、ボス!」という感じで社長を迎え入れて、当然社長も従業員一人ひとりの顔を知っていて、という様子をグリーンハウスの皆さんがご覧になり、「うちも数百人規模の時はこういう会社だったんだ」とおっしゃっていたのが印象的でした。
栗栖 社員が2万5千人以上いる今はマンツーマンは難しいですが、基本的な考え方は同じだと思ったんです。今平嶋さんの話で思い出したのですが、売主の方が、グリーンハウスに株主が変わった後でも社員が幸せにいい仕事ができるかを気にされていた。責任を持って「お任せください」と言えると感じました。我々は「ケミストリー」と表現しますが、相性がいいのでは、と。利益さえ上がればいいという価値観の会社だと、どんなに財務内容が良く成長していても、M&Aの相手方としては合わないと感じています。
平嶋 企業の買収を検討する際、入口の段階ではどうしても財務実績や事業見通しといったように、表面上見えている情報にフォーカスしてしまうケースが多いです。しかし、対象会社や売主にとっては、企業理念やサービスに対する考え方という根本が合うかどうかは非常に重要な要素になる。そういった部分を見て頂けたのは売主にとってもうれしいことで、実績や結果だけではないところを評価してもらえるという気持ちから、一気に買主への信頼感が高まります。ケミストリーというのは感覚的な話ではありますが、実際のビジネスのジャッジメントや基本的な方針が一致するかどうかというところにも繋がりますので非常に重要だと感じています。
――案件遂行上、特に苦労されたことなどはございますか?また、成功の秘訣はなんだとお考えでしょうか。
栗栖 当社にとって初めての海外企業のM&A案件なので、学ぶことはたくさんありました。当然、法制・商習慣も異なるので、一から理解する必要がありましたし、言葉の問題でも、ちょっとしたミスで関係が壊れることもあるので、こちらの意図が正確に伝わるようニュアンスを含めて神経を使いました。成功の秘訣は、双方の信頼関係の構築ではないでしょうか。国内案件でもエクゼキューションのプロセスに入ると利害が対立する部分が出がちで、それが原因でブレイクに繋がることもあります。 今回はその点が最も不安な要素でしたので、細心の注意を払いました。
具体的には、デューディリジェンスに入る前、双方のトップ面談をシンガポール・東京それぞれで行いました。通常、買い手企業のトップが売り手企業を訪問することはありますが、相手様にもこちらを良く知って頂くことが重要と考え、FAの助言ではなく、我々の方から提案しました。結果、マネジメント層だけではなく実際に働く従業員にも会って頂き、良いところだけでなく課題も含めた等身大の当社を見て頂きました。将来に向けた考え方や展望も共有でき、自社にない点を認識するなど尊敬し合える関係になったと考えます。結果的にこの信頼関係が、その後の交渉プロセスで潤滑材の役割を果たしました。
――実地での見極めは、コロナ禍では難しかったでしょうね。コロナはクロスボーダーM&Aにどう影響していくのでしょうか。
栗栖 クロージング時、想定外だったコロナによってリアルでのコミュニケーションが取れない状況となり、一時はPMIに支障がないか心配しました。ただ、オンライン会議が当たり前になってきた時期で、時差が少ないこともあって、気軽に頻度を増やしてリモートでのコミュニケーションを取れるようになり、心配は徐々に薄れてきました。頻度だけでなく質も少しでも補うべく、 リモートベースのコミュニケーションには相当注力しました。
平嶋 大事なのは、リアルかオンラインかというより、コミュニケーションの質だと思います。今後物理的に現地に行けないというシーンは増えていく。オンラインですべてやろうとした場合、コミュニケーションの回数(量)を増やして質を高める工夫をすることでハードルは乗り越えられます。当然リアルは大きな効果を発揮しますが、ないとできないかというとそうではない。M&Aだけでなく他の事業でもそうかと思いますが、国をまたいだビジネスというのは、コミュニケーションの取り方が肝だというのが私なりの考えです。
――クロスボーダーM&AにおいてFAにはどういったスキルが必要だとお考えですか。
栗栖 一般的には、国内M&Aと違う海外ならではの技術的な助言を希望される方は多いと思います。私たちもそうです。でも実際に交渉していく中では、価値観とか考え方といった部分が齟齬なく伝わることが重要だと感じました。細かい交渉を代わりにしてもらうより、相手方が本当のところどう思っているのか、我々が出した質問や提案はちゃんと伝わっているか、細かいところを翻訳して頂きたい。言語の翻訳ではなくて認識、価値観の翻訳。通常の翻訳家ではなく、M&Aビジネスに携わる方でなければ正確に伝えることができないので、今後また海外M&Aに臨むときにはそうした能力を兼ね備えた方にお願いしたい。
平嶋 ティーザー資料配布から秘密保持契約書の締結、インフォメーション・メモランダムの配布、意向表明書提出、デューディリジェンス、最終提案書の提出、契約交渉・締結、クロージングといったM&Aの流れは、シンガポールでも日本でも一般化されています。これらのプロセスは、あくまでも案件遂行を効率的に進めるために、通常売主や売主のFAが定めるものでしかなく、必ずしも買主が検討に必要と考えるプロセスと一致するとは限りません。相手側が定めたプロセスを淡々とこなしていたら、検討に必要な情報が揃わなかったといった事態を避けるためには、グリーンハウス様のように自社の検討に必要な資料やミーティングを適切なタイミングや方法で売主側に要求することが非常に重要です。
特に重要なのは、情報のやりとりです。売り手側が「これくらいでいいだろう」と思って用意した情報が、買い手からすると足りなかったり、日本では当たり前の書類がなかったりすることはよくあります。情報を追加でもらえないか頼んでも、管理方法や事業文化に違いがあると「なぜ必要なのか」「何に使うのか」と認識の齟齬が生まれてしまう。グリーンハウス様がされたように、FAを通じてなぜそれが必要かを丁寧に説明し、売り手が納得いくように示すコミュニケーションは非常に大事です。そもそも通常の管理の中で見ていない数字を見せてくれと言われても、用意がないものを作らないといけません。通常売り手と買い手双方にFAがいますので、上手くFAのコミュニケーションラインを活用しながらお互いに隠し事をせず、情報は情報として見せ合うプロセスが大事です。この案件では私はグリーンハウス様ではなく売り手側のFAでしたが、グリーンハウス様の状況や意向も理解していたので、文化の違いを翻訳する役割を果たすべく動きました。私どもは、技術的な助言を提供するだけの専門家に留まることなく、お客様が状況に応じてきめ細かく判断できるように支援することに努めています。
――M&Aによるシンガポールへの進出は、社内にどんな変化をもたらしましたか。
栗栖 ビジネス展開において、海外が特別なものではなく身近になったことではないかと思います。海外の現地企業がグループ企業となり、海外に対する社内の意識や関心が飛躍的に高まりました。海外のフードビジネスやトレンドについての会話も増えたと感じています。
グローバルメニューには積極的に取り組んできましたが、実際に初めてTWP社でハラルメニューを食べ、価値観が変わったんです。TWP社のあるクライアントの社員食堂のメニューは全部ハラルとのことでしたが、エスニック性や宗教性は感じられず、普通のおいしい洋食でした。今まではハラルが特別なものだという位置付けでしたが、多民族国家にあるTWP社の持つノウハウを導入することで国境を超えてより幅広いメニューを文化的にも健康的にも提供できると感じました。コロナの影響で実現していませんでしたが、シンガポールからシェフに来て頂き、日本からもシンガポールに行くといった相互研修を計画しています。
フードテックの観点からは、現在シンガポールで実証実験をしている案件があります。食品の廃棄ロスの問題について、弊社は事業所ごとに出る食数やメニューをAI予測するという実験をしてきました。一方、TWP社では、何が廃棄されているかをAIが識別してデータ蓄積し、無駄を見える化している。川上と川下の両面から無駄をなくす実験をしています。
GreeneX Plus内にある、廃棄物を識別・計量できる食品廃棄物トラッカー
フードサービス業界は労働集約型産業なので、どうしてもデジタルが遠いと思われがちですが、コロナ禍を経て、そうした中でもデジタル活用による新しい価値創造の重要性は高まっています。現在、 GreeneX Plus 内で新たな取り組みをしているのですが、例えば、遠隔地の方々がリモートでお食事する際、等身大でストレスなくコミュニケーションが取れるように、プロジェクションマッピング技術を用いてリアルなお食事環境に近い空間を再現したりしています。我々も海外も含めて各地に拠点があり、お客様ともデジタルの会話が当たり前になる中、どうすれば快適なコミュニケーションができるかを考えています。
GreeneX Plusで実証実験中の、リモートでのお食事をリアルに近い環境で楽しめる空間
※この対談は「GreeneX Plus」にて行われました