四半期開示廃止論を「IT前提経営®︎」の視点で考える〜デジタル化に伴う効率化はなぜ推進すべきなのか〜
上場企業に義務付けられた四半期開示が廃止されるーー。そんな報道が2022年4月にあった。金融庁のワーキンググループでの検討が続いているが、市場関係者や海外の投資家からは、廃止に対して批判や心配の声が上がっている。廃止の理由は「企業の負担軽減」というが、年4回という回数が減ると、本当に負担は軽減するのか。また仮に廃止された場合、企業やマーケットの適切な運営は維持できるのだろうか。「IT前提経営®︎」を提唱する立場で、四半期開示廃止論から浮かぶ根源的な疑問に向き合ってみたい。
ITが可能にした「四半期開示」
そもそもなぜ四半期開示が求められているのか。言わずもがなではあるが、少数株主を含めた株主のより的確かつ正しい判断を促すもので、現代の株式市場の当たり前かつグローバルなルールである。「諸外国における四半期情報の開示と遜色のない内容を備えた四半期財務・業績情報の開示を」と、東京証券取引所や日本証券業協会が、四半期開示を導入したのは2003年。2006年には金融商品取引法が改正されて義務化され、それまでは有価証券報告書と半期報告書の年2回だった開示が、3カ月に1回に義務付けられた。
この度の四半期決算開示の任意化に対して「断固反対」と明確に意見表明した2022年11月25日付日本経済新聞社説によると、米国や中国は四半期開示を義務とする一方で、欧州は四半期開示を任意としており、各国の対応が異なることを理由に挙げている。「アジア企業統治協会(ACGA)の2020年調査では、日本の四半期開示は高い評価を得ている一方、開示義務をやめたシンガポールの評価は下がっている」といい、「なぜ海外からの資金流入が細りそうなことをやろうとするのか理解できない」と批判した。
既にお伝えした通り、企業組織におけるDXの2大要素の一つに、ITを取り入れた効率化がある。ITグランドデザインの6大要素の中に基幹システムの近代化があるが、より効率化することにその目的の一つがある。ただ、周りを見渡して思うのは、この30年間、ITで極端に業務が効率化してるにもかかわらず、仕事が楽になった実感がないことだ。みなさんはいかがだろうか。『平成29(2017)年版厚生労働省労働経済の分析』を見ても、ITによる業務効率化が劇的に進んだはずの2000年以降、一般労働者の労働時間はほぼ横ばいだ。この点が今回の争点である。
業務効率化でもなぜか仕事が減らないという現実
長野県の山岳地域と東京都心を行き来している私の働き方で言えば、全てがオンラインでできることでより良い環境になったことは事実だ。だが、逆に言うとあまりに効率化し過ぎたので、「複業」が行き過ぎて、寝ても覚めても仕事で、おおよそ人の生活と思えない状況になっていると言えなくもない。このことは、必ずしも、私のように「複業」をやる人種だけでなく、組織人にも言えるはずだ。
つまり、私たちがITを獲得したことでこの30年、業務が効率化したのは紛れも無い事実だが、人が楽になった感覚はない。その理由は極めて単純で「時間が空いたなら他の仕事をしろ」という、ある種の資本の論理があるからである。
さらに言うならば、四半期決算が日本でもスタートした2003年は、1995年のインターネット元年から8年であり、各種会計ソフトが台頭して企業の経理作業に大きな変化が起きていた頃だった。かつてT型フォードが発売されてニューヨークの街から馬車が消え、T型フォードに埋め尽くされて社会のトランスフォーメーションが起るまでがちょうど同じ8年であった。つまり経理作業の超効率化により四半期決算開示ができるようになったのは紛れもなく「デジタル化」と「インターネット」の恩恵であることは間違いない。
ITの出現前は、各企業が紙の決算資料を記者クラブに投げ込み、それを新聞社などが報じるというのが企業の情報開示の形だった。今や、自動で四半期開示ができて、資料もボタン一つで企業の公式サイトに載せることができ、コロナ禍にあってもオンラインで会見を開くことが可能な世界になった。
しかし考えてみると、四半期決算開示によって、せっかくデジタルとインターネットで超効率化した仕事が4倍になってしまう。卵が先か鶏が先かは明確で、ITの出現が先にあり、それに四半期決算開示や適時開示の迅速化が乗ってきた。問題はそれにより、必ずしも組織人の営みがよくならなかったことである。つまり、単に仕事が4倍になったからだ。
もちろん俯瞰すれば、日本が米国や中国の基準にあわせることで、安心した海外投資家が日本市場に流入し、巡り巡って日本社会全体の底上げになることは理屈上理解できる。
アドバイザリーやソフトウェアエンジニアリングといった属人・職人の会社を経営していて思うのだが、当然ながら「優秀な人」と言われる人材は仕事が速い。他の人より速いということは、仕事を終えれば残りの時間で休めるはずなのに、他の仕事がそこに入る。そうすることにより同じ給与であっても優秀な人に仕事が偏る。もちろん適切な人事評価制度がワークすればバランスは保てる。だが、「複業」中心の私にも同じことが言えるが、せっかくデジタルで超効率化したのに、その分ゆっくりしようという判断にはならない。そういうIT導入の根源的な問題が背景にあり、企業あるいは企業を支える人材の負担になっているから、四半期開示廃止論は噴出している。そもそもITによって業務が効率化されたことが四半期開示を可能にしたという事実をしっかり捉える必要があるし、それを廃止して、例えば年1回に減らしたとしても、上述した通りでおそらく仕事が減ることはない。
良く言う「働き方改革」の実現は「IT前提経営®︎」による業務の超効率化の賜物である。私も過去2冊の『まったく新しい働き方の実践』シリーズは、いずれも「IT前提経営®︎」とセットで語ってきた。IT導入の前までは、音楽を聞いたり本を読んだりしながら電車で移動して顧客を訪ねたが、「IT前提経営®︎」の6大要素の一つでもある「モビリティーの向上」が極限に至ったため、逆に人は動かなくなり、朝パジャマのままで始まったオンライン会議は、会議と会議の間の休みもなく、夜まで続くようになった。これが資本家や経営者が考える「ITによる効率化」の正体である。
四半期開示があることで得られること
ガーディアンアドバイザーズの仕事は、M&Aアドバイザリーのプロセスの中にDXアドバイザリーが埋め込まれて一体となることが多い。
仮にファンドが企業を買収し、その企業の再上場を目指した際、企業価値を高める一つの方法がDXだが、IPOとなると昨今のIT内部統制はとても厳しい。セキュリティ問題一つとっても、過去のブログで触れた通りだが、ランサムウェアの猛威が四半期決算開示を阻止するためばら撒かれる。開示できなければ、事業体にとっても監査法人にとっても大きな打撃になり、going concernが不安定になる。こうした状況下、一体どこまでセキュリティ対策をすればいいかは明確で、大手監査法人との議論で担当者が主張するのは「四半期決算開示がどんな状況でもできるITシステムの構築・維持」となる。つまり、四半期決算開示は今や資本市場の「聖書」なのだ。
日本において本当に四半期決算開示が無くなるのかはわからないが、いずれにせよ、投資家へのスムーズかつ正しいディスクロージャーが現代の株式市場の聖書であることは誰もが認めるところだろう。それを維持するためのITシステムは、IT内部統制の観点からもかなりの投資になることは言うまでもなく、これが昨今のいわゆる上場維持費の高騰に繋がっている。その中で、やるべきこととそうでないことをしっかりと整理し、それに耐えうるシステムのグランドデザインを効率的に構築するのが、私たちの足元の仕事の一つである。
そのためにゼロからシステムを開発するのではなく、IPO実績が多かったり、SOC対応済であったり、昨今ではISMAP認定を受けているクラウドサービスやパッケージにFit to Standardし、あるいは私の表現で言うところのNo Making, Just Usingをブレない哲学としてやり抜くことで、結果として短期かつ低リスクで四半期決算開示に耐え得る基幹システム群を構築するのである。
「文化の更新」なきDXがもたらす社会
DXとは何か。世界に先駆けて、2004年にDXを提唱したエリック・ストルターマン氏の定義は「ITの浸透が、人々の生活をあらゆる面でより良い方向に変化させること」である。それが
結局のところ、資本や経営者の論理で本来的なDXがすり替えられ、ITシステムとして実装されてしまっていることを忘れてはならない。
かつてこのブログで「
DX完了社会のイメージはSF映画に学べ
」という話を書いた。『スタートレック』の世界では、仕事や労働を全てコンピューターやロボットが人の代わりにやってくれるから、人間はより人間らしい行為として、強い好奇心に従って宇宙へ冒険に行く。あるいは、『ウォーリー』では、汚れ果てた地球を捨てた人類が、まったく動かず、リクライニングシートの上から起きずに暮らす世界が描かれている。しかし、残念ながら現実はそうはならない。では、日々なんのために効率化をしているのだろうか。改めて、各社の「DX推進」が、単なる極度な効率化だけに陥っていないかを、ぜひ経営者とともに議論をしてほしい。
ガーディアン・アドバイザーズ株式会社 IT前提経営®アーキテクト
立教大学大学院 特任准教授
高柳寛樹
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高柳の著書はこちらよりご参照ください。
続・まったく新しい働き方の実践〜なぜ働き方は自由にならないのか。DX未完了社会の病理〜 (ハーベスト社)2022
「IT前提経営」が組織を変える デジタルネイティブと共に働く (近代科学社digital)2020
まったく新しい働き方の実践:「IT前提経営」による「地方創生」 (ハーベスト社)2017
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