買収ターゲット企業の探索におけるアドバイザーの使い方

昨年のものになるが「【M&A実態調査】ポストコロナ時代を見据えたM&A戦略とは」と題された三菱UFJリサーチ&コンサルティングによる調査レポートを発見した。回答企業277社のうち、約3分の1が年間売上高300~500億円、約3分の1が同500~1,000億円、約3分の1が同1,000億円以上で構成されている。

レポートによるとM&A戦略(M&Aの目的とターゲット選定の基準を明確にしたもの)を策定している企業は全体の半数近い。売上高が5,000億円以上の企業では約7割、売上高1,000億円未満では約4割という規模による傾向の違いはあれど、これが多いか少ないか。感覚論でしかないが、10年前20年前に比べてかなり多くなったのではないか、と個人的には感じる。

M&A戦略を策定した後は、個別具体的な買収案件を構築することになる。買収ターゲット企業を見つけ出し、アプローチし、秘密保持契約書を締結し、具体的なM&Aプロセスに入って行くことになる。その最初の関門となる、買収ターゲットの探索について、その方法とアドバイザーの使い倒し方について考えてみた。


買収ターゲットの発掘方法とアドバイザーの使い方


M&A戦略を策定し、目的とターゲット選定基準が明確になった場合、具体的なターゲット企業の発掘方法としては、大きく2つ考えられる。

    1. アウトバウンド型:候補企業のスクリーニングとリスト化
    2. インバウンド型:売却情報収集の情報網

1は、各種のデータベースや情報源から会社を絞り込み、数十社程度のロングリスト、さらには5-10社程度に絞り込んだショートリストを作成する方法である。まずは片想いのリストであるから具体的なM&Aプロセスに進められるかどうかはわからないが、リストにある会社にいかにアプローチするかというアクションに入る。具体化させる際には、金融機関やアドバイザリーファームに相談することで、直接間接に動かせる場合が意外とある。アウトバウンド型といえる。

2は、各方面からの売却情報収集の情報網を張っておき、具体的なM&Aプロセスに進むことができるであろう会社の情報を得る方法である。投資銀行、証券会社、銀行、アドバイザリーファーム、仲介会社、会計事務所・税理士事務所などM&A情報の収集能力のある先に幅広く依頼しておくこともできるし、依頼せずとも提案や打診のかたちで舞い込んでくることも多い。こちらはインバウンド型といえる。

いずれの場合も、具体化させるまでに証券会社やアドバイザリーファーム等のサポートを受けることが多い。この段階で報酬支払が発生することは稀であるから、なるべく多くの情報源に声をかけておいた方が発掘の確率は高まると言ってよいが、留意点はある。

依頼する各方面毎に、秘密保持への姿勢、適切な情報アクセスに濃淡があるため、依頼する先は慎重に選んだ方が良い。情報を不用心に拡散させると何かと厄介であるし、依頼した担当者の社内的力量によってはアテにならない可能性もある。また、この段階で秘密保持契約、アドバイザリー契約、その他何らかの報酬などを求められた場合には、断った方がよいだろう。アドバイザーとは具体的なM&Aプロセスに入るまでは契約関係を結ばない方が、発掘活動の自由度が維持され、具体的なプロセスに入った際にアドバイザー選定を行う選択肢も残せる。


ロングリストやショートリストはあると便利だが、骨も心も折れやすい作業である


ターゲットのリストがあるともちろん便利である。そこから案件を具体化できることは実際あるし、頭の体操や予習になるため、インバウンドでいざ売却案件の提案や打診を受けた際にも判断や行動が早くなる。しかしながら、いざリストを作成しようとすると骨が折れ、心も折れる作業であるのも事実である。

日本の上場企業は約4,000社あり、開示情報も豊富なため、時間の許す限り頑張ればすべての会社を調べてターゲット企業探しをすることはできる気がする。しかし、上場企業だけをターゲットにしても可能性は極めて狭まる。

非上場企業、海外企業まで含めるとどうか。手元にある企業情報データベースを見ると日本の100万社の情報がある。売上高を50億円以上にしても2万社近く、10億円以上にすると4万社である。さらに別の金融データベースでは、世界の700万社の情報がある。世の中の会社は数え切るには多すぎる。

幸いに、データベースを活用すると手に負えないほどの数ではない。例えば先のデータベースで、国内企業を食品業界に限ると5万社に、飲料メーカーに絞り込むと2,500社になる。さらに売上高10億円以上にすると約40社となる。

ただし、こういった企業データベースは、特に非上場企業の情報については、業種の精度が粗かったり、財務情報が抜けていたりするため、そのままリストとして仕上げられるわけではない。抜け漏れを防ぐためにはいくつかの方法がある。何種類ものデータベースを用いる、世の中にすでに存在する業種別のリストを探す、業界団体の会員名簿を探す、ネット検索や新聞検索を駆使する、など。

このようにして20-30社程度に絞り込み、社名、事業概要、売上高、営業利益などを得られれば、いわゆるロングリストが仕上がる。

この方法の難点としては、第一に、通常は適したデータベースを利用できる環境にないということがある。ネット検索ではかなり限界があり、営業リスト作成用の簡易なデータベースでは情報量が乏しすぎる。金融機関が用いる水準のデータベースは年間100万円単位の利用料を要し、それを複数組み合わせようとすると利用料はさらに積み上がる。

第二の難点として、この作業に慣れていないと相当の時間と労力がかかる。検索・絞り込みの勘所、抜け漏れを防ぐ感覚、必要な情報を得る経験がないと、データベースがあったとしても通常は投げ出したくなる作業になるか、自信を持てないリストが出来上がってしまうおそれがある。また、データベースからの情報を暗黙に補完する作業者のM&Aの経験・知見が作業のスピードと質に大きく影響する。

リスト作成が想像以上に困難な一例として日本のプライベートエクイティの投資先リストがある。日本のプライベートエクイティの投資先は今や数百社にのぼり、それらの会社のほとんどは数年内には売却される可能性がある。そのリストがあれば、具体化しやすいターゲットを見出すことができる。しかし、現状、網羅的な投資先リストは実は日本のデータベースからは入手できない。実際には各社サイトの投資実績などから会社リストを作り、会社毎の情報も個々に調べていく必要がある。このリスト化は体験するとわかるが、想像以上に手間のかかる大変な作業であり、また、意味のある情報を埋めようとすると金融機関水準のデータベースが必要となる。

ロングリストを作り上げても、ショートリスト化しようとすると、またさらなる苦労が降りかかる。事業の内容や株主情報、財務情報まで得ようとする場合、データベースの情報の範疇を超えることも多く、調査負担は増える。信用調査機関のレポートを取得するなどすれば10万円単位で情報取得料がかかることも多々ある。


ロングリスト作成は、アドバイザーに任せてしまってはどうか


ロングリスト作成の負担は、少なからず日本企業のM&A戦略実行の障害になっているのではないかと思う。とりわけ、事業会社のM&A担当となった方々にとっては、二の足を踏みやすい作業ではないだろうか。

私見だが、事業会社のM&A担当の方々は、ロングリストの作成を、金融機関のM&A部門やアドバイザリーファームに積極的に依頼してしまってよいのではないかと思っている。もちろん無報酬で。

少なくとも、リスト作成を行うための業務環境や経験・ノウハウは、証券会社やアドバイザリーファームには整っている。平成の頃は、証券会社やアドバイザリーファームであっても、ロングリスト作成はかなり骨の折れる作業であり、業界紙や団体名簿を探し出し、紙媒体から作り上げるような調査業務に近く時間もかかった。しかし今の時代は原則としてデータベースとWeb検索でその水準以上のものが短時間で仕上がる。

作成されたロングリストに対して過不足の指摘や追加情報の注文をつけるもよし、仕上がったロングリストをもとに案件の具体化の依頼にそのままつなげるのもよし。さらには、作成されたロングリストを用いて、各方面の証券会社、アドバイザリーファームなどに売却情報収集の網を張るもよし、である。

M&Aのアドバイザー各社にとっても、M&A戦略に加えてロングリストを示されて相談されれば、より具体的なニーズを把握することができるし、その先を支援できるできないを判断、回答しやすくなるだろう。


買収ターゲットの発掘を効率化することによるM&A活動の促進


事業承継の分野では、事業承継ニーズの底堅さもさることながら、M&A仲介会社によって買い手と売り手のマッチングの効率化が進んだことが、取引の具体化の牽引役となっていることは間違いないだろう。

戦略的M&Aの領域においても、コロナやDX等による大きな事業環境の変化の中、ますますその実行ニーズは高まっている中で、買収ターゲットの発掘の効率化は、取引の具体化のために重要であろう。

幸いなことに、候補企業のスクリーニングとリスト化は、テクノロジーの恩恵を受けて以前よりも効率的になっており、M&Aのアドバイザーにはその業務環境もノウハウもあるのだから、戦略的M&Aを志向する企業に惜しみなく提供してもよいのではないかと思っている。

なお、このように書いておきながらではあるものの、弊社に実際にロングリスト作成をご依頼いただいても、繁忙その他の理由でお受けできないことがあるため、その際はご容赦頂きたい。



ガーディアン・アドバイザーズ株式会社
代表取締役社長 兼 経営推進グループオフィサー
佐藤 創

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