M&AへのMA(マーケティングオートメーション)の活用
M&AのことをMA(エムエー)と読むことがあるが、GoogleでMAと検索するとマーケティング・オートメーションが検索結果としてあらわれる。マーケティング・オートメーションとしてのMAは、攻めのDXともいうべきデジタルマーケティングの中核ツールの一つとして定着してきている。いまやBtoBビジネスにおいてもMA・CRM・SFAの運用は必須になってきているが、そのM&A実務への活用は劇的なDXの可能性を秘めている。今回はたまたま語呂が合ったM&AとMAについて考察する。
デジタルマーケティングにおけるMA・CRM・SFA
デジタルマーケティングとは、デジタル技術を用いて見込み客との接触、見込み客のデータの蓄積、見込み客毎に合わせた情報提供等を行うことを言うが、それによってデジタル以前の手法よりも高速・大量・正確にマーケティングを実施することができる。
その中核となるツールがMA・CRM・SFAであり、それぞれ大雑把にいうと次のような機能を持っている。
- MA(マーケティング・オートメーション):見込み客の発掘と見込み客とのコミュニケーションによる商談化のプロセスを効率化するツール
- CRM(カスタマー・リレーションシップ・マネージメント):見込み客・既存顧客の管理を効率化するツール
- SFA(セールス・フォース・オートメーション): 見込み客に対する営業活動を効率化するツール
SFAといえばその名のごとくセールスフォース社のSalesforceというツールの名前を聞いたことがあると思うが、同ツールはCRM機能も有しており、同社はPardotというMAツールも提供している。SalesforceにはMarketoというAdobe社のMAツールが接続されて利用されていることも多い。また、MA・CRM・SFA機能が統合されたHubspotというツールも昨今では日本で多く導入され始めている。
デジタル以前では名簿リストに対するDM、電話、訪問等を手作業で行っていたのが今ではMAに、各自の名刺ホルダーや手帳のメモにあった情報が今ではCRMに、営業日報やExcelで毎週作っていた営業パイプライン表が今ではSFAに置き換わっていると考えてもらえばよい。すべてがデジタルデータとなって集中保存されていることにより、それらのデータの集計・分析は自動化され、データを用いた各種の活動も自動化ないし半自動化できるようになった。
M&Aの実務におけるデジタルマーケティングツールの活用
セルサイドにおけるM&Aの実務プロセスは、ターゲット企業を商品と見立てると、マーケティング活動と営業活動に重ね合わせることができる。買収候補先となり得る見込み客を発掘し、ティーザーやインフォメーションメモランダム、プロセスレターで情報提供し、意向表明書の受領、デューデリジェンス、売買契約書交渉等を通じて成約に至る。
例えば前半の候補先の発掘と情報提供においては、従来は、個別に候補先企業リストを作成し、候補先企業のキーパーソンを割り出し、個別にメールや電話で連絡して、資料を配布し、説明し、ということを何十社もの候補先にExcel管理で行ってきた。毎回の案件で、一から名簿を作成し、個別に対応し、工程管理表を作成し、日々手作業で書き換え、案件が終われば名簿も工程管理表も共有ドライブの案件フォルダに取り残され、再活用されることはほとんどない。それがデジタル以前の世界だった。
デジタルマーケティングツールの登場により、CRMによって既知の名簿から買収候補先のコンタクトリストはフィルタリングのみで出来上がり、新しく発掘したコンタクト先はCRMに書き加えられるようになる。ティーザーの配布はMAによって一括配信できるようになる。MAは技術的には、相手が閲覧したかどうか、資料を何分開いたか、誰かに転送したかまで情報が記録される。閲覧後、次のステップに進みたい方への工程もシステムに組み込み半自動化することが可能であるし、それら買手候補先のアクションや検討ステージを自動で工程管理表として集計することも可能である。これらの一連の活動情報はCRMに記録されるため、以降の案件においても外部からは得られない重要な情報として残る。共有ドライブの奥深くに沈められた情報ではなく、常に活用される情報になる。
なお、MA・CRM・SFAは、組織内での情報を一括集約することになるため、情報セキュリティの重要性は極めて高い。幸い、この分野のシステムは少なくともSalesforceやHubspot等であれば高度なアクセス制御やセキュリティ認証の設定が可能である。逆に、Excel表をバージョン管理したりメールでやり取りすることで不用意にコピーファイルを増やしてしまうようなことはないし、紙で印刷してシュレッダーにかけないといけないという事態も起こらない。
M&A実務のDXの担い手と恩恵先
関数電卓がExcelに置き換わり、データルームがバーチャルデータルームになりペーパーレス化されたことなど、M&Aの実務におけるテクノロジー導入はこれまでも行われてきた。しかし、デジタルマーケティングツールの活用はM&A実務におけるDXであるから、そのような単なるツールの置き換えとは合理化の質が違うと考えている。
デジタルマーケティングツールのM&A実務への取り込みは、M&A実務を日々の生業とするM&Aアドバイザーがまず担うだろう。そして、その恩恵はM&Aを実行する事業会社やプライベートエクイティが受けることになる。ただし、M&Aアドバイザーにおいては個社別ないし個人別にこのDXを機会と感じたり苦難と感じることになる。
なぜなら、本稿では、セルサイドのM&A実務プロセスを例に、デジタルマーケティングツールの活用親和性を書いたが、実際に適用しようとすると実は簡単ではない。世の中のBtoB企業は現在DXに取り組む中で、デジタルマーケティング施策も進めているが、各社、組織再構成も含めて懸命に試行錯誤している。同様の営みを行う必要があるが、既存のM&Aアドバイザリー業者にはその実行のための適切な人材がおらず、企業文化もないと言ってよい。
M&A実務においては、Boxなどの安価でセキュアなクラウドストレージが普及しても、いまだに高額なバーチャルデータルームも利用されている実態がある。業界全般のITリテラシーが総じて高くないことが一因と考えている。
M&Aアドバイザリーの業界が、SalesforceやHubspot等の汎用マーケティングツールを使いこなせるようになるのか、バーチャルデータルームのように業界向けに用意されたツールの登場を待つことになるのか。いつまでExcelを使い続けるのか。関心を持って見ている。
ガーディアン・アドバイザーズ株式会社
代表取締役社長 兼 経営推進グループオフィサー
佐藤 創