戦略的買収を実現する際のステップと必要な能力

例えばある日突然、経営企画部門のスタッフに異動になったり、担当役員に就任すると、その職掌にはM&Aの検討と実行が含まれていることが多い。ニュースでM&Aについては当然見聞きして知ってはいるが、いざ具体的にどのように検討して実行するのかは皆目わからない中で、突如、世の中のM&A活動における1人のプレイヤーとして参画する立場となる。

証券会社やはじめて知る専門ファームからM&Aの案件が持ち込まれる。どこから調べたのか直接の連絡であったり、他部署経由であったり、時には代表番号からであったりする。経営方針でM&Aの投資戦略や投資枠がすでに目標設定されているかも知れない。進行中の個別の案件を引き継ぐこともあるかも知れない。

今まで経験のない中で、うまくM&Aの職掌を果たすにはどうすれば良いのか。書店に足を運んでM&Aの本を探し、株式取得と合併の違いを学んでも、企業価値評価の仕方を学んでも、それらのM&A実務スキルは、職掌を果たすうえにおいて、実は、ものすごく重要ということではない。少なくとも一番重要な能力要素ではない。

経営企画のM&A職掌を果たすためには、個別のM&A案件の実行の前に、まず案件化が必要となる。以下、M&Aの実現に至るまでにはどのようなステップがあり、また、それぞれのステップにおいて必要な能力要素(それは必ずしも自分が有している必要はない)は何なのか、を整理してみた。


いわゆるM&A実務が行われるのは、戦略的買収における最後のステップでしかない


大きな流れとしては、次のステップを経ることで、事業会社の戦略的買収は実行されることが多い。ここで重要なことは、M&Aプロセス、エグゼキューションと言われるM&A実務が行われるのは最後のステップでしかない、ということである。

    1. M&A戦略の構築
    2. 情報の収集
    3. 個社の検討
    4. 買収プロセス、あるいは、エグゼキューション(M&A実務)

M&A戦略の構築は、会社の経営方針や中期経営計画に沿ってどのような分野でどれくらいの規模のM&Aを実施するかの方針決めになる。中期経営計画において売上高や営業利益の十分な成長を設定しようとすると、既存事業の成長だけでは不足することも多く、すでに世の中に存在する他社を買収することによる達成分を計画値として設定しておくことは今日ではよく用いられる。投資予算を設定することも多い。また、計画値までにはしないが、周辺事業、最近では既存事業のデジタル化や環境変化に対応するために必要な事業領域をM&A対象領域として設定することも多い。

情報の収集は、M&A戦略を実現するための具体的な買収対象を発掘するための活動である。買収可能性のある会社を探すわけだが、対象としている事業領域を調査して適した会社を探し出すような調査アプローチもあれば、金融機関や専門ファームから提案を受けたり紹介を受ける紹介アプローチもある。

個社の検討は、具体的な会社について案件化を進めることである。対象会社を詳しく調査したり、交渉相手となる対象会社の株主や経営陣と面談を行ったり、自社とのシナジーを検討したりし始める。この段階から売主と秘密保持契約書を交わして機密情報をやり取りすることも多い。

最後に買収プロセスに入る。エグゼキューションと呼ぶこともある。このプロセスの始まりにはルールがあるわけではないが、価格その他の買収の基本条件を売主に提示する方針を決め、それに向けて組織的に動き出した時とするのが一つの考え方である。買収の基本条件は意向表明書として提示したり、基本合意書として締結したりする。その後、デューデリジェンスを行って、株式売買契約書等の最終契約書を締結し、取引の実行すなわちクロージングに至ってM&Aは完了する。

繰り返すが、これら一連のステップがあるものの、いわゆるM&A実務として書籍などで対象とされているのはステップ4の買収プロセスの実務に関するものがほとんどである。実務家は買収プロセスの進め方に特化しても良いが、経営企画のM&A職掌としてはステップ1から3までの案件化からこなす必要があり、それはより広い領域である。


各ステップで必要となる能力要素と外部専門家との付き合い方


それでは、個々のステップにおいて必要となる能力要素は何であろうか。また、それは必ずしも自分が有している必要はないが、どのような外部機能を使えるのだろうか。

M&A戦略の構築においては、経営学的な思考力と企画能力と、自社の事業や戦略についての深い理解が必要になる。経営学的と言っても、講学的に熟知している必要はなく、ビジネス経験に基づく知見で相当事足りるだろう。このステップにおいては、敢えて外部機能といえば戦略コンサルティング会社に考えさせることもできるかも知れないが、通常そこまでを要しないか、依頼しても驚くような成果は得られないだろう。証券会社のM&A部署やM&Aファームに討議用のディスカッションマテリアルを作成してもらったり、議論の整理に付き合わせたりするのは有効かも知れない。

情報の収集においては、調査能力や情報収集力のほか、ネットワークが重要になる。調査によって理論上の買収候補企業が見出せたとしても、案件化するために売手のキーパーソンにたどり着くのは簡単ではない。証券会社やM&Aファームに依頼して自社のM&A戦略を共有すれば、対象事業領域の網羅的な企業リストを提供されたり、買収可能性のある会社の提案を受けたり、具体的な会社の買収打診を受けられる可能性がある。

個社の検討に入ると、相手企業やアドバイザーなど関係者が徐々に増えていくため、折衝能力やプロジェクト遂行能力が重要になってくる。M&Aの基本的な知識、コーポレートファイナンスの知識もあることが望ましい。経験値も重要になってくるため、相談できる証券会社やM&Aファームがいると都合が良い。

なお、この段階までに証券会社やM&Aファームなどの外部機能に協力を仰いだとして、通常は無償である。ステップ4の買収プロセスの段階では、証券会社やM&Aファームをファイナンシャル・アドバイザーとして雇ってクロージングに向けたM&A実務のサポートを受ける必要が生じることが多いが、ステップ1から3の案件化段階で様々な証券会社やM&Aファームと付き合っておくことで、いよいよアドバイザーを任用する前に、目利きや信頼関係構築をある程度済ませておくことができる。

ようやくM&Aプロセスに入ると、プロジェクト実務と交渉戦術の能力のほか、コーポレートファイナンスや会計・法律の分野の能力も重要になる。プロジェクト実務や交渉戦術などはM&Aの経験がなくてもそれまでのビジネス経験の感覚でかなりカバーできる。ただし、M&Aの経験がものをいうところも多いため、はじめての案件である場合などは、証券会社やM&Aをアドバイザーとして雇うのが無難である。会計・税務は会計事務所・税理士事務所、法律は法律事務所に頼ることができる。会社としてM&A経験が積み上がっているのであれば、時にはアドバイザーを使わずにM&Aプロセスを進めることも可能になる。


ステップと必要能力を意識してM&Aの職掌を果たす


M&Aの実行の4つのステップという観点で整理してきたが、ステップ1から3に必要なのは案件化能力、ステップ4に必要なのは案件実行能力ということもできるだろう。M&Aの職掌を果たそうとする場合、前述のとおり、M&A実務能力よりもまずこの広い範囲の能力の確保と駆使が求められる。

そして、一般的なビジネス経験や知識があれば、M&A特有のネットワークや実務能力は外部専門家を利用すれば必ずしも必要ないということを整理した。いずれも適切な専門家を利用することで自社に不足する能力要素も補完するサポートを受けることができる。

多くの会社で社内外の能力がうまく活用され、より多くのM&Aが実現されることを望んでいる。



ガーディアン・アドバイザーズ株式会社
代表取締役社長 兼 CEO
佐藤 創

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