シナジーの検討における事例の威力
M&Aの価値はシナジーにあると言ってよく、それは検討の動機でもあり、実行の最大の判断材料でもあり、実行後に実現を追求すべき目的でもある。
具体的なシナジーのストーリーは、経営の意思決定のみならず、株主・投資家への説明においても必要となる。ストーリーを数値化して財務予想の水準にまで引き上げられれば、M&Aの実行によって期待される企業価値の増加額も計算できる。
しかしながら、自らのシナジーを思いつき、言語化し、さらには実行するのは決して簡単ではない。頭の記憶の中から経験と知見を引っ張り出して思いつくこともできるだろうが、世の中の経験と知見を頼り、壁打ち相手になってもらうことも大切だ。
シナジーは色々と語られるが基本要素はレベニューシナジーとコストシナジー
シナジー(synergy)とは相乗効果のことで、一般には、ある要素が他の要素と合わさることで単体で得られる以上の結果を出すことをいう。1+1が2以上になるような現象である。企業間同士の活動では事業シナジーなどと呼ばれることも多く、M&Aの目的の原則はシナジーの実現である。
販売チャネルの拡大、圧倒的な市場シェアの共有、部品などの調達の共有化、生産設備の統合など、シナジーは大抵ビジネス表現で語られ挙げられることが多く、それはストーリーとして説明する必要性からもふさわしい。しかし、ビジネス表現での列挙だけでは限界がくる。これらを実現することによって得られる効果が測れないからだ。
ビジネス表現で挙げられる個々のシナジーについて、それは売上を増加させるのか(レベニューシナジー)、費用を減少させるのか(コストシナジー)を考えていくと整理しやすい。複数のシナジーが想定される時でも、予想される効果をそれぞれ数値化していけば、通算での損益予想が得られる。シナジーが発現するタイミングも予想していけば将来にわたる損益計画が作成できる。
実際にはもう少し複雑になる。レベニューシナジーにおいては両社で被る顧客について食い合い(カニバリゼーション)が発生してしまう負のシナジー(ディスシナジー)や、コストシナジーにおいては生産設備を統合するためのリストラ費用など、精緻正確に予想しようとすれば、事業計画の策定と同様の作業になる。
常日頃から、ニュースやプレスリリースで他社のM&Aのシナジーの説明を見つけたら、それがレベニューシナジーなのかコストシナジーなのかを考えるクセをつけておくことは有用である。
統合提案を撤回させる原動力となった他社事例
かなり前の話になるが、あるメディア大手に対して急成長したIT企業から統合提案がなされた際にメディア大手側についてアドバイザーを務めたことがある。メディア大手の経営陣は直感的に統合提案が会社にとっても投資家にとっても良い話ではないということがわかっていた。
その際に統合提案を退ける仮説として当初から用意した1枚のスライドがあった。AOLとタイムワーナーの合併事例であり、発表時に掲げられた合併効果、その後の株価の下落と実際に合併後に起きたことをまとめたものだった。なお、この合併は発表時には「世紀の合併」と騒がれた友好的な合併であったが、発表時にうたわれたシナジーは発揮できず、合併直後から業績が急激に悪化して株価は急落、CEOも辞任してしまったというものだった。
当時受けていた統合提案はまさにこの事例の再現を彷彿とさせるものであったから、この事例の失敗要因を重ね合わせていくことで、メディア大手の経営陣の直感を具体的に検証して対外的に説明可能にできたし、事実、統合提案は退けられた。
もちろん、詳細には事例をそっくりそのまま適用できたわけではないが、メディア大手の経営陣が具体的な統合イメージを掴み、またその失敗のイメージも掴み、自らの状況において検証し、突きつけられた統合提案を自信を持って跳ね除けるのに十分有用だったのだ。
他社のプレスリリースやIR資料はシナジー事例の宝の山
上述の例はM&Aを実行しないために事例を活用したケースだが、実行するために事例を活用することの方がもちろん圧倒的に多い。
小職が証券会社や投資銀行に在籍していた頃、M&A案件のアドバイザーとなる場合には、同業種や隣接業種の事例や取引方法が類似している事例など、当該案件に最適あるいは類似した過去の参考事例をできるだけ集めるというのが基本動作であった。事例をデータベースやニュース検索等で発掘した後、必ずプレスリリースや開示書類、IR資料など当事者の発表資料を読み込んだ。
ニュースの記事なども参考にはなるのだが、やはり最も有用なのは当事者による開示資料である。まとめ記事や解説記事はどうしても内容に省略があるし、また当事者の言葉が言い換えられてしまっていることも多い。開示書類の文章は会社と事業を熟知する社内メンバーと社外のM&Aの専門家との共同作業で時間をかけて練り上げられていることが通常である。またそこでの文章は、検討段階からはじまり社内の経営会議や取締役会を経て磨かれた表現となっている。当事者として開示書類を作成したことがあれば皆このことに同意するはずだ。
目の前の検討案件を進めるうえで、他社の参考事例を見つけることができればシナジーのストーリーの材料は半分は手に入れたようなものだ。あとは自社の状況に当てはめて自社のストーリーにする。レベニューシナジーとコストシナジーに分解して数値計画まで策定できるとなおよい。これにより、社内・経営・株主・投資家のいずれに対しても説明力のあるものができあがる。事例の威力が必ずわかるはずだ。
ガーディアン・アドバイザーズ株式会社
代表取締役社長 兼 CEO
佐藤 創