M&Aに関する名著の紹介
M&A部署に新卒で配属になった1999年当時、とにかく知識を頭に入れようと思って八重洲ブックセンターに行くと、M&Aと題する書籍は2冊しかなく、とりあえずその2冊を読むことから小職のM&Aの学習人生が始まった。
OJTで業務を身につけていくのと並行して、会社法、コーポレートファイナンス、組織論、資本市場論等々、必要と思われる分野の書籍を端から見つけて学習していかないと得られる材料が足りなかったが、徐々に、M&Aそのものを扱う書籍も書店に多く並ぶようになった。
今はネット上で多くの情報が得られるし書籍の数も多く、すべてを読み切ることが逆に難しい時代になった。意味のある情報をうまく探し、無駄な情報に時間を取られないように努めなければキリがなくなってしまう。
ここでは、無駄な時間にはならないM&Aに関する原点のような名著を、中古品でしか手に入らない書籍も含めていくつか紹介したい。
はじめの一冊にふさわしい不動の名作、M&Aのグローバル実務
実は、八重洲ブックセンターで見つけた2冊のうちの1つである。もう1冊は日経文庫のM&A入門であった。GCA(現フーリハン・ローキー)の創業者である渡辺章博氏がKPMGに在籍していた頃に書かれたようで、初版は1998年10月1日。その後何回か改訂され、最新版は2013年9月18日である。もう10年近く改訂されていないが、内容は今でも十分通用する。
M&Aのやり方にはもちろん正解などないが、実務的な観点でM&Aの実行に必要なプロセスとポイントを買収者側からの観点で順を追って網羅している。現在のM&Aの実務は、米国での手法が証券会社や投資銀行、会計コンサルティングを通じて日本に輸入されて定着してきた。この書籍は米国での標準的なM&A実務プロセスを日本に普及させることに一役買っていることは間違いない。
現代にアップデートした新たな版が現れることを期待しているが、M&Aの基本的な実務プロセスは大きくは変化していないため、あまりその必要はないのかも知れない。
書籍の構成は、企業買収における基本的留意点、買収の基本合意、買収価格算定、買収検討の形態、デューデリジェンスの意義、事業の概況調査、人的資源の調査、生産・販売活動の調査、財務諸表項目の調査、買収契約とクロージング、等々となっている。
米国の200年の産業史の中でM&Aを理解する戦略書、ビッグ・ディール
著者は伝説的なM&Aバンカーのブルース・ワッサースタイン。ファーストボストン(後にクレディ・スイスが買収)でM&Aアドバイザリーをビジネス化し、自身で投資銀行ワッサースタイン・ペレラを創業し、ドレスナー銀行に売却した後に、米投資銀行ラザードのCEOになった人物。ちなみに、野村證券は1988年にワッサースタイン・ペレラとM&Aアドバイザリーの合弁会社である野村企業情報(Nomura Wasserstein)を設立してM&Aのノウハウを習得した。後に野村企業情報は現在の野村證券に吸収されている。大和証券は1999年11月にラザードとM&Aアドバイザリー業務で提携を行って米国のM&Aのノウハウを習得した。
本書では、米国における1800年代から1990年代までの製造業、鉄道、石油、金融、小売、放送等に至る幅広い業種での100以上のM&A事例を取り上げ、その戦略や実行の現場を詳細に描いている。経営者がどのようにM&Aを活用してきたのか、誰がそれを支えてきたのか、それによって企業や産業がどのように変化し、存続し、または消滅してきたのかを長い時間の中で疑似体験することができるため、この書籍からの示唆の程度は計り知れない。巨人の肩の上に立つ視野を手に入れられる。
後半(下巻)では、M&Aの実務について個別の戦術やテクニックから関係者の役割などから、敵対的買収の実際に至るまで詳述されている。企業価値評価については巷の教科書では書かれていない本質的なことが多く書かれ、「買収価格算定の基本原則は、1にファンダメンタルズ、2にファンダメンタルズ、3にファンダメンタルズである」などといった格言も多く見つけられる。
このような大作を残すのはやはり天賦の才としか言いようがないが、同じ観点での日本版が登場すると、日本のM&Aはまた一段と進化するかも知れない。
企業価値についてこれを上回るものはない、コーポレート・ファイナンス 戦略と応用
最後に、企業価値評価の世界的な権威であるニューヨーク大学のアスワス・ダモダラン教授の書き下ろしテキストを紹介する。こちらは原書が1999年で日本語訳が2001年発刊である。企業価値の観点から、企業の投資、資金調達、配当政策が実務に使えるように綺麗に整理されて論じられている。
M&Aの判断を行う際には、ビジネス、法律、会計などの様々な専門的な状況分析と整理を材料にする必要があるが、M&Aの経済計算を分析・整理するためのコーポレートファイナンスの威力は極めて大きい。
750ページの大著であるが、法律や会計と比べてコーポレートファイナンスは知識よりも理論の体系的な理解が活きてくるため、本書の中身を理解して実務で使えるようになると、見える世界が変わることは間違いない。
原点となる書籍による学習の重要性
過去20年で業務上の知識の習得や体系化の方法も変わってきたように思われる。日本におけるM&Aの現場でも知識や経験の裾野が広がり、職場でもSNSでもウェブサイトやYouTubeでも多くの情報が溢れていて容易にアクセスできるようになった。
知識が巷に広がり始めると、時に原点の良さが際立つことがある。例えばOKRsという目標管理手法が日本でも普及し、ネットでも書籍でもたくさんの情報が得られるが、ジョン・ドーアのMeasure What Mattersに勝るものはなく、それ以外のものは独自解釈が多くむしろ有害なものもある。
今回挙げた名著は、少々古くて分厚いものだが、原点に近いものを選んだつもりである。巷に溢れるネット情報や新刊本を漁るのとは別の読書体験になってもらえれば嬉しい。
ガーディアン・アドバイザーズ株式会社
代表取締役社長 兼 CEO
佐藤 創