のれんに冷静に臨むための思考の整理

先日、大学の同級生から、買収した会社のPMIのために海外赴任するという連絡があった。その買収案件の開示資料を見ると、株式100%を(念のため仮の数字で)300億円で取得し、そのうちのれんが(仮で)200億円発生したとのこと。買収した会社の純資産は逆算すると100億円である。つまり純資産100億円の会社を買収するのに旧株主に3倍の300億円を支払って買収したということになる。PBR3倍である。

のれんは高値掴みの代名詞のように語られることが多い。特に上場企業のM&A担当の多くの方々は買収検討において何度ものれんに頭を悩まされる経験をしているだろう。ほとんどの会社の取締役会や経営陣はのれんを嫌うため、のれんを理由に買収を断念せざるを得なくなることもある。同級生の会社は有名な大企業であり、多額ののれんが発生する買収の決定はきわめて慎重に行われたであろうから、それを推進した同級生の並々ならぬ努力が推察される。

多額ののれんが発生する案件はPMIの自信や買収意欲を削ぐ要因になり得るが、決して簡単にあきらめてはいけない。戦略性のある買収機会をのれんのために断念するのは残念だ。弊社が過去にお手伝いした上場企業による案件では純資産の5-6倍以上での買収もある。のれんに冷静に建設的に臨むための思考の整理をしておきたい。

 

のれんをどう理解するか


M&Aでのれんの話となると、買収金額のうち対象企業の純資産額を上回った金額だとか、ブランド力や技術力などの無形の価値だなどとよく説明されるが、ここでは少し別の説明でのれんを理解してみる。

買収対象企業をT社としよう。株主にとってのT社株式の価値は、貸借対照表にある株主資本≒純資産を参考にすることができる。株主資本は、大雑把には、創業以来のT社への出資総額に損益を通算して配当を差し引いた金額である。ある決算期に実際にどう変化したのかは株主資本等変動計算書で確認できる。そして、現在の株主資本額が創業以来どのように変動してきたかは、過去の株主資本等変動計算書が揃えば全て把握できる(厳密には計算書が導入された2006年度以降しか入手できない)。

買い手がT社株式を取得するためにT社株主に支払った対価は、T社自体の株主資本を変動させることはない。株式買収は買い手と既存株主(売り手)との取引であり、T社の取引ではないからだ。のれんは、買い手がT社の株式を純資産を超える金額で取得した場合の超過金額として買い手の会計において発生する。

T社の株主資本額は前述の通り創業以来の損益や資本政策、配当政策の積み重ねである。そのため株主資本額と同水準で株式取得を行ったのであればその価値の裏付けはかなり強いと考えられる。しかし、のれんはそれ以上の金額を買い手がある意味勝手に既存株主に支払ったことによって生じたものであるから、株主資本を超過する金額をどのように認識して処理するか、ということになる。

のれんを償却資産として捉えて20年以内(実際には5-10年程度が多い)の期間に費用認識しようというのが日本の会計ルール、価値が認められなくなった時に減損する評価替え対象の資産と捉えようというのが米国やIFRSのルールである。買収金額の算定のもとになる事業計画が、ある程度下振れてしまった時にはのれんの価値を減損して評価を改める。日本の会計ルールでものれんは減損対象となるがIFRSにおける判定ほどに厳しくはない。

 

のれんの何が嫌がられるのか


のれんは、償却費として将来の費用になり、減損すれば将来の特別損失になる。つまり、将来の赤字の原因になり得るものが、買収完了後も会計上ずっとモニタリングされることになる。原因が特定しやすいので、将来実際に赤字になった場合には追求されやすい。

毎期の損益は、基本的にはその決算期に発生した売上と費用から計算される。実際には売上はその決算期よりも前からの営業活動やマーケティング活動、それを支える組織作り、環境作り、人材の採用・育成などによってもたらされるが、過去のどのような活動の蓄積が個々の売上に結びついたかは会計上はわからない。今期の損益は創業以来の不断の経営努力の積み重ねによるものが大きく、決して今期の活動だけで説明できるはずはないのだが、そのことを確認することは難しい。

工場設備や店舗などの固定資産への投資については減価償却費として何期にもわたる固定費としてロックされる。逆にいうと今期の減価償却費については過去の投資活動からの結びつきが見える。のれんも償却していくので同じである。のれんが発生すると将来の固定費としてロックされるため、それに見合う売上利益が得られなければ将来にわたって赤字になる。売上利益が見込めないとなれば、減損対象となり一気に特別損失として大量に赤字が発生する。工場や店舗への投資でも同様の処理が行われる。

経営者からすると、ある買収案件の意思決定が、のれんにより将来の固定費を発生させ、特別損失のリスクも地雷のようにセットすることになり、それが会計上明確に将来期間にわたって残ると考えると慎重にならざるを得ないだろう。将来のためと思って実行しても、結果としては後継の経営者に負の遺産を残すことにもなりかねない。M&Aは、通常の事業活動の判断により近い工場や店舗への投資に比べて、新規事業や海外市場への進出であったりと、より不鮮明な将来への投資判断となるため、その不安は増幅する。そして、赤字が顕在化した際にはメディア含めて外部からの批判や追求が行われやすく、それも慎重姿勢を生む大きな要因となる。

つまり、買収に伴うのれんは、幾多ある経営判断の中でも比較的見通しの悪い投資判断によって発生し、それにもかかわらず、赤字化した際には各種の費用の中でも特定されやすい会計上の仕組みとなっており、なおかつ、それが大きな金額で長い期間残る、という性質を持っている。その性質こそが、のれんが経営陣に嫌われる理由であり、のれんの発生と聞いただけで保守的な判断を導きやすくなると考えられる。

 

のれんに冷静に臨む経営判断


このような嫌われやすいのれんだが、M&Aは将来にわたって企業が持続的成長を生むための重要な施策であるから、嫌いだからと避けるのではなく冷静に臨んでいかなければならない。のれんが発生しないM&Aを選ぶことは現実的には難しいし、それを避けていては戦略的選択肢が限られてしまう。のれんは嫌いだが、リスクコントロールを上手くやっていこう、と思うためにはそのM&Aに素晴らしい戦略意義があること、ストーリーがあることがまずは必須になるだろう。

のれんをリスクコントロールしよう、となれば、基本的には買収する会社の将来利益を、十分な情報と分析のもとにできるだけ確からしく見込むのが第一歩である。工場や店舗への投資判断のように自信を持てる状態にできるだけ近づけていくことで不安感を減らしていくことはできる。

十分な情報と分析をもとに、のれん発生による将来損益のシミュレーションを行うと、それでも当面の赤字発生が合理的に予想されるということがよく起きる。T社の利益は買収後に成長していく前提であることが通常だが、のれんは毎期定額で発生してしまうため、どうしても買収直後は赤字発生の予想になりやすい。これについては足元の赤字発生の蓋然性を認識したうえで受け入れていく必要がある。株式市場も、長期的な戦略的意義や企業価値向上を信じられれば、買収後1-2年の赤字原因は受け入れてくれる傾向がある。

のれんはマイナスの効果が目につきやすいため忌避される傾向にあるが、M&Aにはどうしてもついてまわるものであり、これをうまく対処しなければ買収機会は減ってしまう。踏み込んで冷静に臨み、買収の起案者や担当者は経営陣の不安の解消に努め、経営陣は適切な情報と分析に基づいた経営判断を行うように努めることが、買収機会を逃さないための良策であり、それができる会社は持続的成長を手に入れられるであろう、と考えられる。


ガーディアン・アドバイザーズ株式会社
代表取締役社長 兼 CEO
佐藤 創

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