戦略的M&Aの実現のためにはオークションは避けて通れない

戦略的M&Aの現場では日常的にオークション形式の売却が行われている。オークションは限定された買収候補企業に対して秘密保持契約のもとで行われるため、結果が公表されるのは最後に残った買手候補企業による買収案件というかたちになる。そのためほとんどの案件は買手と売手が相対で取引をしたかのように見える。大型の案件になると関係者が増え、どうしても情報のリークなどが発生するため、例えばセブン&アイ・ホールディングスによるそごう・西武の売却プロセスの過程については、みなさまも何度か報道記事を目にしたことがあるだろうが、あくまで例外的である。

昨今、増加する事業承継ニーズの解決策としてM&Aが普及してきているが、この場合はM&A仲介会社による相対でのマッチングが主流である。そのほとんどは取引金額が10億円未満であることが多く、オークション形式の売却プロセスを実行するリソースをかけられない、買い手の予測がつきにくいため限定オークションに馴染まない、などの事情がある。

事業会社が戦略的にインパクトのあるM&Aを実行しようとする場合には、一定程度以上の規模の会社をターゲットにしなければ効果があまり期待できない。ターゲット企業の規模の基準を引き上げれば対象となる母集団が減るため、買収を希望する会社同士での競争環境が発生し得る。売却側もその事情をよく理解しており、できるだけ競争環境を構築しようとする。少なくとも取引金額100億円以上のM&A取引であれば大半はオークション形式で行われていると考えられる。

このような状況から、戦略的M&Aを実行しようとする場合、オークションを避けて相対で買収できる会社を探し続けていても、選択肢が狭まるかそもそも可能性がなくなってしまう。ではオークションに参加するとして、買収実現に向けて勝ち抜くためには何が必要か。

 

基本形は二段階オークション


経営企画部などのM&A所管部署に所属している方々は、日々さまざまな金融機関やM&A専業者から色々な案件提案を受けていると思う。業者発のアイデアベースのものが大半であるが、中には、売主から専任されたファイナンシャル・アドバイザー(FA)からの正式打診もある。ティーザーとよばれる1-2枚の資料が提供され、そこには対象会社の概要が社名非開示で記載されている。ティーザーを受領したら、情報提供者が正式なFAなのかどうかを確かめるのは基本である。正式なFAからティーザーを受領することがオークション参加の入口になる。

ティーザーの内容を受けてさらに検討を進めたいとなれば、秘密保持誓約書を差し入れることで、貴社はオークション参加企業となる。対象会社の社名が開示され、会社の基本情報、事業状況、財務実績や事業計画などが取りまとめられたインフォメーション・メモランダムとよばれる数十ページの検討資料を入手できる。そして、売却プロセスの案内が記載されたプロセスレターとよばれる書類も交付される。

インフォメーション・メモランダムを判断材料として、プロセスレターに従って定められた期日までに買収価格等の条件を記載した意向表明書を提出する。ここまでが、いわゆる一次入札や一次プロセスと呼ばれるもので一段階目のオークションである。この段階で4社程度までに買手候補が絞り込まれる。

選定された買手候補企業は、より詳細なデューデリジェンスの機会が得られる。デューデリジェンス期間中に売主からは売買契約書案が提示され、買手候補企業は定められた期日までにデューデリジェンスを完了させ、最終的な条件を記載した最終提案書とそれを盛り込んだ売買契約書マークアップ(修正案)を提出する。これが二次入札や最終プロセスと呼ばれるもので二段階目のオークションとなる。ここで最後の一社に選定されると売買契約書を締結し、取引を実行する。多少の違いはあれど、ほとんどのオークションはこのような二段階形式で行われている。

 

重要なのは価格とスピード


オークション形式の売却プロセスは、数多くの買手候補企業が参加するという競争環境と、売手主導で用意される管理プロセス(それゆえコントロールド・オークションとよばれることもある)に特徴がある。

競争環境についていえば、ティーザーの段階では数十社から多ければ100社を超える買手候補企業に声がかかっていることが多く、5-10社程度は少なくとも秘密保持誓約書を差し入れていることを前提とした方がよい。

売手主導のプロセスのもとでは、ティーザーを受領してから1-1.5ヶ月程度で意向表明書の提出が求められ、DDから最終提案まで1.5-2ヶ月程度、そこから売買契約書の締結まで2週間程度で進められることが多い。ティーザーから売買契約書締結まで3-4ヶ月程度で進めていく必要がある。

このようなオークションに勝ち抜くためには、提示できる買収価格と、売却プロセスへの対応スピードが重要になる。売手がオークションを行う理由が、よりよい条件での売却を確実に成立させるためであることと表裏一体である。

買手候補の中で最も高い価格を提示するためには、対象会社についての理解を深め、自社の戦略に照らし合わせた魅力的なストーリーを描き、経済合理性を充足し、社内意思決定を通し、対外的にも説明可能にする必要があるが、これを時間との戦いの中で進めていかなければならない。プロセスにスピードが追いつかない買手候補の提案は、売手にとっては現実味のないものになる。多少の遅れは許容される可能性があるが、遅いよりも早い方がもちろん好まれる。往々にして、スピードの遅い買手候補は高い価格も提示できないのが実態であるようにも思える。

 

勝つためには経験がものを言う


実際に経験された方々も多いと思うが、オークションにおいてスピードを発揮するためには手際の良いプロジェクトマネジメント能力がきわめて重要になる。十分な検討も、入念な社内調整も、売手との交渉も、それを期間内にうまく進めていくためには段取りが大事である。相対取引であれば1つの案件の中で学びながら経験しながらでどうにかできることもあろうが、オークションにおいては他の買手候補との競争を伴うためその余裕は得にくい。

相対取引よりもオークション取引の方が、買手企業がファイナンシャル・アドバイザーを任用することが多いと思われる。スピードで負けるわけにはいかないからだ。スピードとは、生産性の高いプロジェクトマネジメントの遂行と言い換えられるかも知れない。生産性の高いプロジェクトマネジメントの源泉は担当者やチームの経験であろう。それがあれば、定められた期間内で他の買手候補よりも魅力的な条件提示を行えるように整えることも可能になる。

何度もオークションに参加してファイナンシャル・アドバイザーの使い方も含めて会社として経験を積んでいくことでしかこの力は得られないように思う。戦略的M&Aの実現のためには、勝つか負けるかはわからずとも、オークションには積極的に参加し続け、オークションに強い会社になっていくことも必要だろう。


ガーディアン・アドバイザーズ株式会社
代表取締役社長 兼 CEO
佐藤 創

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